本記事では、映画「君たちはどう生きるか」のあらすじとネタバレを含んだ終盤の展開を紹介した上で、宮﨑駿監督が伝えたかったテーマについて考察しています。
北米でも大ヒットし、3月13日(日本時間)のアカデミー賞アニメーション部門での受賞が本命視される「君たちはどう生きるか」をこの機会に深掘りしてみましょう。
この記事では、作品内の細かいディテールにも触れておりますので、未鑑賞の方はご注意ください!
ジブリ映画「君たちはどう生きるか」作品情報
「君たちはどう生きるか」は、「千と千尋の神隠し」や「もののけ姫」などで知られる宮崎駿監督が引退を撤回して発表した長編アニメーション映画です。
予告編やキャストが公表されず、試写会も行われないという事前情報を極限まで排した宣伝手法も話題になりました。
1940年代中盤が舞台で、太平洋戦争中の出来事として物語が描かれており、宮崎駿監督の自伝的な要素も入っているのではないかと言われています。
日本では、2023年7月14日に公開され、週末3日間だけでおよそ100万人を動員する大ヒットを記録しました。
また、北米では同年12月8日に公開され、週末の興行収入ランキングで1位を獲得し、ゴールデングローブ賞の受賞やアカデミー賞にノミネートされるなど、興行面でも批評面でも大きな成功を収めています。
公開日 | 2023年7月14日 |
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監督 | 宮崎駿 |
原作 | 宮崎駿 |
脚本 | 宮崎駿 |
キャスト | 山時聡真 菅田将暉 あいみょん 柴咲コウ 木村佳乃 木村拓哉 大竹しのぶ 竹下景子 風吹ジュン 阿川佐和子 滝沢カレン 國村隼 小林薫 火野正平 |
音楽 | 米津玄師「地球儀」 |
上映時間 | 2時間4分 |
配給 | 東宝 |
上映劇場 | TOHO THEATER LIST/君たちはどう生きるかシアターリスト |
登場人物(声優・ボイスキャスト)
役名 | キャスト | 役柄 |
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眞人 | 山時聡真 | 本作の主人公。火災で母を失い疎開した先で、不思議な世界に誘われる。 |
青サギ /サギ男 | 菅田将暉 | 人間の言葉を話す不思議な鳥。眞人を「下の世界」へ誘う。 |
ヒサコ、ヒミ | あいみょん | 「下の世界」で出会う火を操る少女。 |
キリコ | 柴崎コウ | 船を自在に操縦する闊達な女性。眞人を助けてくれる存在。 |
夏子 | 木村佳乃 | 眞人の父・勝一の再婚相手であり、ヒサコの妹。 |
勝一 | 木村拓哉 | 眞人の父。軍需工場を営んでおり、ヒサコの妹の夏子と再婚。 |
あいこ | 大竹しのぶ | 疎開先の夏子の実家の屋敷の使用人。 |
いずみ | 竹下景子 | 疎開先の夏子の実家の屋敷の使用人。 |
うたこ | 風吹ジュン | 疎開先の夏子の実家の屋敷の使用人。 |
えりこ | 阿川佐和子 | 疎開先の夏子の実家の屋敷の使用人。 |
ワラワラ | 滝沢カレン | 白く丸い姿をした生まれる前の魂たち。 |
インコ大王 | 國村隼 | 人間くらいの大きさの姿をしたインコ。人肉に飢えていて眞人を捕らえる。 |
老ペリカン | 小林薫 | ワラワラを食らうペリカンの内の一羽。 |
大伯父 | 火野正平 | ヒサコと夏子の大叔父。突如、塔の中に姿を消してしまう。 |
ジブリ映画「君たちはどう生きるか」あらすじ
太平洋戦争が始まって3年目に、主人公の眞人は病院の火災によって闘病中だった母親のヒサコを失います。
その後、軍需工場の経営者である父の勝一は、ヒサコの妹である夏子と再婚します。
その後、夏子の妊娠と戦況の悪化により、眞人は母方の実家へ疎開することになりました。
眞人は気の向かない様子で日々を過ごしていましたが、ある日一羽の青サギが目につき、導かれるように姿を追って、不思議な塔を見つけます。
入口が埋もれている不思議な形状にどこか惹かれるものを感じ、塔に入ろうとするも、屋敷で働いているばあや達に止められて惜しくも入れませんでした。
眞人は屋敷に戻り、夏子から塔は大叔父が建てたもので、ある日突然大叔父はその塔の中で姿を消してしまったという話を聞きます。
塔や大叔父の謎、母親の死や今の家族、取り巻く環境に関して悶々とした感情を抱える眞人に対し、青サギは揶揄うように近づいてくるのです。
そして突然、人の言葉を話し始め、「母親の遺体を見ていないだろう、助けを待っているぞ」と眞人を挑発するのでした。
ここからはネタバレを含んだ考察に入ります!
ジブリ映画「君たちはどう生きるか」ネタバレ
突然、夏子が失踪してしまい、眞人は青サギとともに、塔の中に入って「下の世界」へ夏子を探しに向かいます。
下の世界で、若い船乗りのキリコ、火を操る少女・ヒミと出会い、大量のインコに襲われる波乱もありながら、夏子を探す冒険を続けました。
やがて夏子を見つけた眞人は現実の世界へ戻ろうと呼びかけますが、夏子は拒絶するような反応を示します。
さらに、とある石の力によって眞人は気絶し、夢の中で塔の主である大叔父と出会います。
大叔父は、悪意の印という積み木を重ねることで、世界の均衡を保っているのだと眞人に告白します。
そして、自分自身の継承者になって欲しいと大叔父は眞人を説得するのです。
目が覚めると、眞人と青サギとヒミはインコに捕らえられていましたが、なんとかその場を逃げ切り、大伯父の元へ向かいます。
眞人は、自分の額の傷が悪意の印であるため、世界の均衡を保つ継承者に相応しくない、と大叔父の申し出を拒むのでした。
そして、尾行していたインコ大王は、積み木によって世界の均衡が保たれていた事実に憤慨し、その積み木を切り刻んでしまいます。
それにより、世界の崩壊が始まり、再び眞人は夏子の元へ向かいます。
眞人は何とか夏子の救出に成功し、ヒミとキリコと合流しました。ヒミに一緒に現実世界に戻ろうと言いますが、ヒミは「私はいずれあなたの母になる」と衝撃の事実を伝えます。
そうして、現実の世界に戻った眞人は、終戦後も新しい家族とともに日々の生活を送っていくのでした。
もののけ姫やハウルも! ジブリ過去作品のオマージュに感動
宮崎駿監督は公開当時、82歳ということもあり本作が遺作になるのではないかと言われており、盟友の鈴木敏夫プロデューサーもその可能性が高いことを仄めかしていました。
それもあってか、宮崎駿監督の集大成的作品として解釈するファンが多くいます。
自伝的要素に加えて、ジブリ過去作品のセルフオマージュを思わせる描写がいくつか見受けられたことも、その見立てをより強める形となりました。代表的な例をいくつか紹介します。
現実から離れた世界に旅立ち、現実に戻ってくるというストーリーラインは、「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」を彷彿とさせます。
眞人が屋敷に向かった先に仕えている女中の老婆たちのキャラクターデザインは、「千と千尋の神隠し」の湯ばあばを連想した人もいるのではないでしょうか。
また、眞人の容姿が「もののけ姫」のアシタカに似ているのではないか?という指摘もあります。
本作に登場する白い妖精のようなワラワラは、同じく「もののけ姫」に登場するこだまのオマージュと言えるかもしれません。
そして、ヒミが操る炎は、「ハウルの動く城」のカルシファーを連想するという指摘もありました。
ちなみに、眞人の父である勝一を演じたのは、ハウルを演じた木村拓哉さんということもあり大きな話題を呼びました。
主人公眞人が読んでいる小説「君たちはどう生きるか」は実在する
「君たちはどう生きるか」は1937年に吉野源三郎さんが発表した小説で、現代まで読み継がれているベストセラーです。
2017年に刊行された漫画版でこの作品に改めて触れた方も多いのではないでしょうか。
劇中で本書は、母ヒサコが遺してくれた大切な書籍として、眞人が読みながら思わず涙をこぼしてしまうという感動的なシーンで登場します。
小説「君たちはどう生きるか」の中では、主人公コペル君が自分自身の保身を優先してしまった結果、かけがえのない大切な友人との約束を守れなかったシーンがあります。
コペル君は友人に謝る機会も失い、自己嫌悪に陥っていたのですが、たとえ許されなかったとしても、自身の罪を認めて誠心誠意謝罪をすることの重要性に気づき、結果的に友人たちとの友情を取り戻します。
小説「君たちはどう生きるか」を通して、眞人はコペル君の精神的な成長を自分自身にも投影したのかもしれません。
また、本作公開の影響もあり、小説「君たちはどう生きるか」は岩波文庫の累積販売数が1位になったようです。
眞人にとっての悪意
眞人は、終盤の大伯父との会話で、自らがもたらした額の傷を「悪意の印」と言います。眞人は、学校からの帰り道に道端に落ちている石で自らの額に傷をつけました。
しかし、帰宅後に夏子からそれを聞かれた際には「道で転んだ」と嘘をつきます。
当然、この傷は不可抗力によって負ったものではないため、「悪」かは置いておくにしても眞人なりに「意図」があるのは間違いないでしょう。
ただ、眞人は戦時下だったことや家庭の事情により振り回されていた立場であったことから、感情のコントロールが追いつかず、自分でその「悪意」を言語化することはできないと思います。
自分の中で蠢く感情の総意として「悪意」という言葉を使ったのではないでしょうか。
そして、その悪意とは現実に向き合えない自分の偏屈さを意味するものだと私は思いました。
母親の妹である夏子が母になること、そのお腹には新しい命が芽生えていること、そして母を悲惨な事態によって失ったことを眞人は受け入れられていないように見えます。
特に新しい家族という形については嫌悪感を抱いているのではないでしょうか。
その屈折した感情をコントロールできないゆえの自分を傷めつける行動と、心のどこかでは新しい家族と円満な関係を築きたい、もっと自分を見て欲しいという思いがあの傷に現れていると私は感じました。
眞人と魅力的なキャラクターたちの関係性
本作は、寡黙な主人公の眞人が異空間で出会った様々なキャラクターたちと冒険に出る物語です。
まず最初に印象に残るのは、鈴木敏夫プロデューサーをモデルにしたと言われる青サギです。
最初に解禁されたポスタービジュアルでは、クールな佇まいでしたが、本編では口元からおじさんの顔が覗いてくるという驚きのビジュアル。
「お待ちしておりましたよ」と何度も眞人を誘惑しては、嘘をつき続ける姿に眞人は苛立ちを覚えますが、付かず離れずの関係になり、キリコから仲良くするように悟られる姿はどこか微笑ましさすら感じます。
女中のキリコが異空間に旅立つと、若い頃の姿になったことにも驚かされました。
凛とした雰囲気で船を操るキリコの姿をカッコいいと感じた観客は多いのではないでしょうか。
火を操るヒミも不思議なキャラクターでした。
火というモチーフは宮崎駿作品に頻出するモチーフで、少し現実から遊離したようなキャラクター設定は、宮崎駿監督らしい世界観を感じさせてくれるキャラクターでした。
ヒミはいずれ眞人の母親になる、少女時代のヒサコという正体にも驚きました。
眞人が夏子に対して複雑な想いを抱えているだけに、ヒミが夏子に対して、「元気な赤ちゃんを生んでね」というセリフには胸を打たれるものがありました。
大叔父は宮崎駿? アオサギは鈴木敏夫?
宮崎駿監督の集大成的な要素が色濃い本作ですが、監督の周辺の人間関係が登場人物のモデルになっているのでは?という見立てがあります。
まず、アオサギについては、鈴木敏夫プロデューサーが自身のラジオ番組にて、自分のようなキャラクターが登場していると公言していました。
確かに、眞人を現実の世界から、口八丁手八丁で異空間へと誘い込むアオサギの姿は、映画監督とプロデューサーの関係性をどこか暗示しているようにも見えます。
そして、大叔父については解釈が別れるところだと思います。
多くの人から尊敬されながらも孤高の存在になっている様は、映画監督として圧倒的な境地まで上り詰めた宮崎駿監督自身の投影であると個人的には思っていました。
しかし、2023年12月にNHKで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」では、宮崎駿監督本人の口から「パクさん(高畑勲)に似てるでしょ」という発言がありました。
もはや一方的とも思える尊敬と愛憎の念を抱いておりながら、2018年に逝去した高畑勲さんをモデルにしていたのかもしれません。
当番組では、宮崎駿監督と高畑勲さんの関係性についてフォーカスをあてた番組編成になっていたため、視聴者にも「大叔父は高畑勲」という認識が広まっています。
また、鈴木敏夫プロデューサーも大叔父のモデルは高畑勲さんであることを公言しています。
ラストの意味:塔や積み木、世界崩壊は何を表していたのか
本作は行きて帰りしのシンプルなストーリー構成ですが、細部に散りばめられた意味深なモチーフにより、難解な印象を抱いてしまいます。
まずは物語の起点となる塔について、この塔は得体の知れない存在として村の中でも敬遠されている存在です。
ある日空から降ってきて、大伯父はその中に消えてしまったというのですから、恐れをなすのは当然でしょう。
前述の通り、大伯父を映画監督としての宮﨑駿もしくは高畑勲と捉えるなら、創作の領域に入り込み高みに上り詰めてしまったことを塔というモチーフで暗示しているのではないでしょうか。
高くそびえ立ちながらも歪な形をしている塔は、常人には理解ができない創作の世界で頂きに達した2人のことを指し示していると思いました。
眞人は塔の中に入ると、現実とは似ても似つかぬ異空間に迷い込みます。
まさしくこれは宮﨑駿の脳内をそのまま表現していると読み解くこともできるのではないでしょうか。
終盤で登場する13個の積み木に関しては、宮﨑駿が監督としてこれまで関わった13作の長編映画を指していると思われます。
まさしく今まで自分が築き上げたものの象徴です。
そして、残りの1つを眞人に積み上げて欲しいと大伯父は伝えます。これは自分にとって変わるような若く瑞々しい感性を欲していることの現れかと感じました。
しかし、眞人はそれを拒否します。すると、塔の中の世界は崩壊し、眞人は踵を返すのです。
これは宮﨑駿が創作の世界から引退することや混沌とした創作の世界に居ることの限界を表現したのではないでしょうか。
ここまでの作品を築き上げてきた宮﨑駿が、異空間の崩壊をここまでストレートに描くことに驚きました。
それでも現実は禍々しい戦争が続いています。
しかし、眞人は現実を受け入れてその後の人生を生きていくという、人間讃歌の物語になっていると感じました。
宮崎駿監督が伝えたかったテーマ
本作が完成した際に極少ない関係者内で行われた試写会にて、宮崎駿監督は「自分でもよく分からない作品」と発言したそうです。
近年は、脚本から物語構造を練り上げるのではなく、絵コンテから物語を構築していく手法をとっているため、明確なメッセージ性を持って映画作りに取り掛かる作家ではないのかもしれません。
ただ、戦時下にファンタジーのような世界へ迷い込んだ主人公の眞人は、大叔父にこちら側の世界へと誘惑されても、現実世界へ戻って生きていくことを決断します。
独創的な世界観でファンを楽しませてきた宮崎駿監督が、最終的にこのような物語の結末を描いたことに、個人的には驚きました。
現に世界で起きている戦争やコロナ禍など、時代を経ても生きていくことは順風満帆ではないかもしれませんが、それでも現実を強く生きてほしいというメッセージを読み解くことはできる作品だと思います。
まとめ:ジブリ映画「君たちはどう生きるか」は気持ち悪いけど面白い!
本作は、物語についての説明が少ない語り口になっているため、「意味が分からない」という感想が見受けられ、宮崎駿監督作品の中では、賛否が分かれる作品となりました。
ただ個人的には、作品の中で語られるすべての意味について理解できたわけではありませんが、物語の根幹となる部分はシンプルなものだと思います。
目を背けたい現実から異空間へ迷い混み、紆余曲折を経て現実に帰ってくるシンプルながら力強い、1人の少年の成長の物語に感動しました。
事前情報がほぼない状態での鑑賞という、今の時代にはかなり珍しい劇場体験となり、宮崎駿監督の作品らしい世界観にも素直に圧倒されました。
様々なキャラクターや動物が細かい作画によって描き分けられていて、アニメーション技術の素晴らしさも見どころのひとつです。
ひとつの画面にかなり多くの動物が集合するシーンもあるので、いわゆる集合体恐怖症の人は「気持ち悪い」と思ってしまうかもしれませんが、映像表現のクオリティの高さとシンプルなストーリーに魅せられて、とても面白い作品だと感じました。